寺報コラムから

脳が見る世界

 普段人間が見ている世界は現実そのものではありません。
 脳が様々な情報を処理編集することで作り出したものを認識しているのに過ぎないのです。
 特に視覚は主要な情報源ですが高解像度で見えているのは狭い範囲です。
 それなのに視野がハッキリ見えているのは眼球が高速でスキャンし、脳がそれを編集して繋ぎ合わせ、滑らかに認識しているからです。
 スキャニングで視界が激しく振れても脳が映像を補正処理しています。
 また、スプーンでカップを掻き混ぜているシーンを例にすると、カップに反射した光が目に入ってくるのと、スプーンの音が耳に伝わるのと、カップに指先が触れた際に感じる熱さは時間差があります。
 これらは脳内で異なるタイミングで処理されますが、すべてが同時に起きたひとまとまりの体験として認識しています。
 脳がこれらの感覚をうまく処理をして『現実ではない現在の瞬間』を作り上げているのです。
 人間が『現在』と認識しているものは過去が選択的に編集されたものであり、実際に世界を認識するのは物事が起きてから0.3~0.5秒後のことだと云われています。
 スポーツの世界ではもっと顕著です。
 0.3秒も遅れたのではボールにバットを当てることも不可能でしょう。
 『ボールのコースを見て打ち返した』と感じるでしょうが、実際には考えるより先に脳が判断を下して打ち返しているという訳です。
 脳は常に過去の感覚を処理し、現在および未来の状態について予測しているのです。
 脳や器官は様々なことを半ば自動で決定しますが、それは日常の雑事を執事が処理をしてくれているようなものと考えた方が良いのでしょう。

寺報270号から転載