来世、つまりあの世のことをアレコレと考えるのが宗教だ...と一般には思われている。 だから、お迎えのくる年頃になってから信仰を始めればヨイのであって若い頃にはそんなアノ世のことなど考えなくてよい。 ...それが、一般常識であろう。 「あんた方は若いんだから、この世の楽しみを捨ててあの世の楽しみを求める、そんな年寄りじみた事をしなさんな」と。 しかし仏教では、「未来の楽しみを捨てて、現在の楽しみを求めるもの」なのである。 「この世の楽しみ」と言えば、まず浮かぶのが“飲む”“打つ”“買う”の享楽の人生である。 でも、仏教が説く“現在の楽しみ”は、そのような退廃的な生活態度をとらない。 仏教は、しっかりと「現在の楽しみ」を追求するものなのである。 「現在の幸福」を求めるのが仏教の態度であり、言い換えると「必要以上に将来の心配をしない」事だと言えよう。 将来のことはホトケさまにお任せして、いま現在をしっかりと幸福に生きることが仏教の生活態度なのだ。 毎日毎日を喜びをもって働き、感謝の一日を送ることが「現在の幸福」であり、仏教者は、そのような「現在の楽しみ」を大事にしなければならないのである。 『過去を追うな。 未来を願うな。 過去はすでに捨てられた。 未来は、まだやってこない。 (中略) ただ、今日なすべきことを熱心になせ』 “現在をしっかりと生きること”それが仏教の教えであると断言してもよいであろう。 |